男子日本初勝利

|
男子日本初勝利 バレー五輪最終予選、イランに3-1
2008年6月2日 紙面から

 日本が大会初白星をもぎ取った。世界ランク12位の日本は同26位と格下のイランを3-1で下した。日本は第1、第2セットを連取しながら、第3セットを逆転で落とし第4セットも接戦の苦しい展開だったが、山本隆弘(29)=パナソニック、越川優(23)=サントリー=らの活躍で振り切った。日本は3日に韓国と対戦する。

 悪夢の逆転負けから24時間後、“植田ジャパン”が苦しみながらも初白星を挙げた。

 誰もが目を覆いたくなるような前夜のイタリア戦。植田監督はこの日の朝、練習前に前回の最終予選を経験した4人を呼び「頭を整理しろ。リセットしよう」と呼び掛けた。

 そのうちの1人、エースの山本がスパイクで16得点、さらに4本のサービスエースを放ち、宇佐美、山村がそれぞれ2本のブロックを決めた。前回の悔しい思いを知るベテランがチームを救い、山本は「昨夜は寝付けなかったが、全日本のバレーとして壁を乗り越えられた」と胸を張った。

 中1日置いて、次は宿敵韓国との対戦。アジア最上位のためにも絶対に負けられない。主将の荻野は「25点を取るまで、みんなで出し切ることを心掛けたい」と力を込めた。
周囲から何度も「変わったね!」と言われた (32歳女性、主婦)

 私は子供のころから、人の集まる場所が嫌いでした。特にみんなの注目を浴びるような場面は、ものすごく苦手で、いつも逃げていました。そんな場面では、いつも緊張してしまって心臓がドキドキするので、言いたいことの十分の一も言えないのです。そんな私ですから、学生時代もクラブ活動などには参加せず、親しい友人もいないまま学校と自宅を往復する単調な日々でした。社会人になってからも、会社と自宅の単調な往復。たまにパーティーの誘いがあっても、知らない人と話をするのが不安で、つい断ってしまうのです。ですから異性と出会う機会もなく、いつの間にか30代になっていました。

 でも本当の私は、そんな消極的な自分が大嫌いだったのです。本当は、もっともっと明るい性格に生まれ変わって、人生のいろんなチャンスにチャレンジしてみたいと思っていました。でも今の暗い性格ではとても無理。それを実行している積極的な人を、陰からそっと見ているだけ。私には永遠に実現しない夢だろうとあきらめていました。

 それが、もしかすると実現するかもしれない夢に変わったのは、高梁さんの本に出会ってからです。高梁さんの「悩みが消えて 人生が変わった!」という言葉に強く惹かれました。もしかすると、ここに私の人生を変えるチャンスがあるのかもしれないと思うと、じっとしていられない気持ちになり、すぐに高梁さんの本を手に入れて、一晩で一気に読みました。そのときの心の高まりは、生まれて初めてのものでした。それは「前向きに生きなさい」という精神論でもなく、「目標を持てば夢は実現する」というポジティブシンキングとも違います。そんな雲をつかむような話ではなく、人生を変えるための確実な道筋が詳しく説明してありました。

 今の私なら、本の中のアドバイスにしたがって、すぐに行動を起こしますが、そのときの私はまだすごく消極的でしたので、行動を起こすまで数週間かかりました。でも、このまま不満足な生き方で人生を終わるのは嫌だという気持ちが大きくなり、最後は勇気を奮い起こしてブレインタブレットを試しました。そして1か月過ぎるころから、確かに私は変わり始めました。私自身がそう感じるだけでなく、家族や周囲の人たちから、何度も「変わったね!」と言われました。人前に出るのが苦痛ではなくなってきたので、初対面の人と会う場所にも顔を出すようになり、そこで現在の主人とも知り合ったのです。今では可愛い子供も出来て、ご近所の奥さんたちとの集まりでは、リーダーになって活動しています。1年前の私からは想像もできません。



このブログ記事について

このページは、 が2008年7月23日 20:33に書いたブログ記事です。

ひとつ前のブログ記事は「石島スパイク13発で宿敵韓国打破」です。

次のブログ記事は「日本は初戦イタリアに逆転負け」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。

カテゴリ

ウェブページ

Powered by Movable Type 4.1